八十八&一二三の文楽れんらくちょう

人形浄瑠璃文楽に関する情報を集めております。 情報お待ちいたしております。

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【毎日jp】今週の本棚:好きなもの=戌井市郎

【毎日jp】より。

今週の本棚:好きなもの=戌井市郎

 (1)文楽の浄瑠璃。正しくは義太夫節と言うべきか。七十余年来、本場大阪・四ツ橋の文楽座時代の山城少掾(やましろのしょうじょう)の豊竹古靱大夫(とよたけこうつぼたゆう)から先代の竹本綱大夫、竹本越路(こしじ)大夫、そして現人間国宝の竹本住大夫と、いまもって最高の浄瑠璃が聴けることは至福。前記名人の端正な芸風に感じ入る一方で、現嶋大夫の高座から見台ごと床に落ちるのではないかと思う程の熱演型にも感動する。額の汗を拭(ふ)く白い手拭(てぬぐい)が私には清々(すがすが)しく見える。私は現代劇の演出家だが、この道に入りたての頃(ころ)、義太夫を教わってみたかった。とてもあの声量にはとどかないので諦(あきら)めて謡曲と新内(しんない)の浄瑠璃を習った。今は健康のため出る限りの声を出してみている。年毎(ごと)に声の衰えは淋(さび)しいがやめる気はない。

 (2)私は京都生まれで小学生時代は祇園町のお茶屋の坊(ぼん)だった。肉、とり、魚は一切ダメ。弁当箱はいつも高野豆腐、湯葉、椎茸(しいたけ)、蒟蒻(こんにゃく)などの煮物。まだ学校に上がらぬ頃、つまみ食いをおぼえて水屋の中にあった小壺(つぼ)の蓋(ふた)を開けて舐(な)めたのがこのわた(・・・・)だった。それからなまこ(・・・)、塩辛、うに、鯨の炒殻(いりがら)の味をおぼえて親にせがんだが、炒殻以外は食べさせてくれなかった。この坊主大酒呑(の)みになると祖母は歎(なげ)いたが、私は全くの下戸のままだ。戦争が私に嫌いなものを無くしてくれたが、好きなこのわた(・・・・)、炒殻はもう何年も口にしない。

 (3)八木書店から『新派名優喜多村緑郎(きたむらろくろう)日記』第一巻が贈られた。豪華本である。喜多村は私の母方の祖父で、彼は一八七一年東京日本橋生まれ。孫の私は一九一六年京都祇園の花街で生まれた。年こそいまでは私が祖父より五才超えて九十四才になった。祖父に対して身内の感覚は薄いが、やはり血は争えぬというのか私は演出家の道を選んだ。そして喜多村は名優だと思うようになった。日記に見る祖父はダンディで浪費家、恐妻家で身内より可愛いのは愛犬。幕内ではゴテ緑(・・ろく)の異名を持ち芸には厳しかった。最晩年は知らぬが若いときから肉食を好んだ。私も書こう『新派の役者喜多村緑郎』を。(演出家)


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