八十八&一二三の文楽れんらくちょう

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【産経新聞】桐竹勘十郎・吉田和生 「重さと情しっかりと」

【産経新聞】より。

桐竹勘十郎・吉田和生 「重さと情しっかりと」(産経新聞 11月2日(火)15時31分配信)

熊谷直実と妻・相模の人形とともに、熊谷の像のある須磨寺を訪れた桐竹勘十郎(左端)と吉田和生(右から2人目)(写真:産経新聞)
 ■国立文楽劇場「一谷●軍記」 

 源平の合戦に材をとった文楽の傑作「一谷●(ふたば)軍記」が、「文楽錦秋公演」(大阪・国立文楽劇場)で上演されている。忠義のためわが子を犠牲にした源氏の武将・熊谷直実の苦衷と妻・相模の悲しみ。戦の悲劇と人の世の無常がしみじみ心にしみる。熊谷を遣う桐竹勘十郎と相模役の吉田和生は「文楽の時代物の代表のような作品。重さをかみしめつつ親子の情をしっかり描きたい」と話す。(亀岡典子)

 東国武士の熊谷直実は一ノ谷の合戦で、ある決断を下す。主君・義経の「一枝を伐らば一指を剪(き)るべし」との暗示により、敵方の平敦盛の身代わりに、16歳のわが子・小次郎の首を討(う)ったのだ。やがて、わが子を心配してはるばるやってきた妻の相模と敦盛の母・藤の局(つぼね)の前でいよいよ義経による首実検が行われる-。

 史実では、熊谷はわが子と同じ年齢の敦盛の首を討った後悔から出家したと伝えられるが、浄瑠璃の作者は、熊谷がわが子を敦盛の身代わりにしたというフィクションを加え、熊谷の苦悩を深めた。

 通常は、クライマックスの「熊谷桜」と「熊谷陣屋」のみ上演されることが多いが、今回は、熊谷が小次郎と敦盛をすりかえる「陣門の段」、熊谷が“敦盛”を討つ「組討(くみうち)の段」なども上演、物語がよりわかりやすくなる。

 熊谷を遣う勘十郎は「熊谷の首(かしら)は、文七といって座頭役に用いられる非常に重い役の首。その性根をわきまえ、すばらしい先輩方が遣われていた舞台を思い起こし、しっかり肚(はら)で演じたい」という。

 「ほとんどの役は“出”で決まるというが、熊谷はその代表的な人物。腕を組み、“つぎ足”という独特の歩き方で下手から桜の前まで出てくる。そこに、とうとう首実検の日がきてしまったという思いと無常観を出したい」

 相模の和生も「首桶を開けた瞬間、その首がわが子とわかって驚愕(きょうがく)する。なによりも、母としての心配、悲しみを前面に」と話す。

 人形はほかに藤の局に人間国宝の吉田文雀、弥陀六(みだろく)に吉田玉女。床は「熊谷陣屋」の切を竹本綱大夫(人間国宝)・鶴澤清二郎、「組討」を豊竹呂勢大夫・鶴澤清治(人間国宝)ら。

 公演は21日まで。演目は「嬢景清(むすめかげきよ)八嶋日記」「近頃河原の達引」「一谷●軍記」「伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)」。国立劇場チケットセンター(電)0570・07・9900。

●=女へんに束、その右に欠



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