八十八&一二三の文楽れんらくちょう

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【ASPARAクラブ】仕事中おじゃまします。人形浄瑠璃文楽太夫・竹本住大夫さん 傘寿超えなお鬼の稽古

【朝日新聞 ASPARAクラブ】より。


仕事中おじゃまします。
人形浄瑠璃文楽太夫・竹本住大夫さん 傘寿超えなお鬼の稽古 [11/01/25]

「希少価値だけの文化財になったらあかん」=東京都千代田区、小暮誠撮影  約束の時間に稽古場を訪れると、扉の向こうから浄瑠璃と三味線の音が聞こえてくる。足を踏み入れるのが躊躇(ちゅうちょ)される、住大夫さん(86)の厳しい声も。「なんでいちいち肩で息すんねん」「いやらしいな、もっと素直にやらんか、人間性が出るぞ」。ついには「ようそれで、わしの前に出てきたな。気がとがめへんか」「ばかか、おまえ。ド素人」。

 太夫は60歳の声を聞いてから、とされる世界とはいえ、入門28年になる竹本文字久大夫(もじひさだゆう)さん(55)の稽古でさえ、この容赦のなさ。「先輩、師匠がたはもっと厳しかったなあ。ぼくは、おやじに横すっぽ(横っつら)どつかれましたで。でも浄瑠璃が好きでんねん。下手の横好きでんなあ、不器用でおぼえが悪うて。それでよかったと思うてます。厳しい稽古してもろうたおかげで、今日ここまで来れました」。傘寿を過ぎた現役太夫はかつていない。「もう64年やってまんねん。64年やってて、いまだにああやこうやと迷うてますしな。舞台が終わると、いつも後ろ髪ひかれる思いで帰りまんねん。後ろ髪おまへんけどな」

舞台に上がる際、床本(ゆかほん)と呼ばれる台本を置く見台(けんだい)。住大夫さんは七つほど持っており、語るものに合わせて選ぶ  1989年に人間国宝に認定されたのちも兄弟子の竹本越路大夫(こしじだゆう)さんが2002年に亡くなるまで、稽古をつけてもらったのは有名な話だ。初めての演目に臨み、勉強会で一度だけ語ったことのある20歳下の太夫に教えを乞うたこともある。「習わんお経は読めまへんさかいな。ぼくらは情を伝えるのが使命。浄瑠璃はようできてまんねん。こんなええもんやらしてもろうて、悪かったら演者が悪い。若い時分から稽古して、いろんな経験して、60、70になって苔(こけ)が生えたり花が咲いたりしまんねん」。それだけに「今の若い人は稽古量が少ない。もっと熱心に食らいついてこんとあかんと思いまんなあ。教えるほうももっと責任もって厳しく教えてやらなあきまへん」。鬼の住大夫、と称されるゆえんだ。

 温泉につかり、おいしいものを食べに出かけて英気を養う。好物は「肉、うなぎ、てんぷら」。すき焼きでも焼き肉でも、200グラムはぺろりだという。「毎月いっぺん検査に行ってますけど、どこも悪いことはおまへん。脳梗塞(こうそく)の斑点があったのも次の年には消えてまんねん」。文楽の屋台骨を支え続けてきた第一人者は、まだまだ若い。

(田中順子)

(2011年1月24日付 朝日新聞夕刊「be」から)

たけもと・すみたゆう
1924年、大阪生まれ。46年に二世豊竹古靱大夫(こうつぼだゆう)(のちの豊竹山城少掾〈やましろのしょうじょう〉)に入門、豊竹古住大夫(こすみだゆう)を名乗る。60年に九世竹本文字大夫(もじだゆう)、85年に七世竹本住大夫を襲名。89年に人間国宝に認定。2002年に日本芸術院会員、05年に文化功労者。


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