八十八&一二三の文楽れんらくちょう

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【産経新聞】珍しい親子同時襲名 文楽の竹本源大夫と鶴澤藤蔵 「名跡に恥じぬ精進を」

【産経新聞】より。

珍しい親子同時襲名 文楽の竹本源大夫と鶴澤藤蔵 「名跡に恥じぬ精進を」(2011.4.9 12:00)

 ぴんと張った真新しい肩衣が清々しい。

 「懐かしい名跡を孫たちが襲名し、泉下の祖父らもきっと喜んでいることと存じます」

 「口上」。文楽を代表して竹本住大夫があいさつすると、緋毛氈(ひもうせん)の上に居並んだ新・竹本源大夫、新・鶴澤藤蔵親子は黙ったまま深々と頭を下げた。

 文楽では珍しい親子同時襲名の披露公演が、大阪・日本橋の国立文楽劇場で行われている。

 それぞれ祖父の名跡を襲名した九代目源大夫、79歳。長男の二代目藤蔵、46歳。特に人間国宝の源大夫にとって功なり名遂げてからの襲名である。

 「この年齢になって、まだやり残したことがあるなと。それが祖父の名跡を世に出すことでした。改めて修業し直すという気持ちで源大夫になろうと思います」と並々ならぬ決意を語れば、藤蔵も「かねてから祖父の芸に憧れていましたが、(襲名は)まだ早すぎると思っていました。ただ、父が源大夫を継ぐのなら一緒に継がせていただくのが供養になるのかなと。祖父の音を目指して精進していきたい」。


■  ■  ■


 家柄や門閥がものをいう伝統芸能の世界で、文楽は唯一、実力主義を標榜(ひょうぼう)する。源大夫一家はそのなかにあって、四代続く文楽の家。それだけに逆のプレッシャーもあった。

 平成8年、源大夫は、息子の藤蔵を自分の三味線に起用した。当時、源大夫はクライマックスを語る“切場語り”の称号を持つベテラン。しかし藤蔵はまだ30代の若さ。芸の差は歴然であった。

 「毎公演、初役の切場ばかり。自分の三味線が舞台すべてをつぶしているんじゃないかと悩み、苦しみました」。一時は休演したこともあったが、師匠・鶴澤清治の助言などもあり、大きな壁を乗り越える。

 時代物の大曲「日向嶋」、近松門左衛門の「封印切」…二人で何度も話し合いながら稽古し、ていねいに作り上げていった過程が自信につながっていく。

 「親子だからこそ、悪いこともあれば、よいこともあった」と二人。

 「最近は父が年をとってきたので、ときには頼りにされているなと感じることもあります」と藤蔵が笑えば、源大夫も「技術的なことだけじゃなく、いろんな苦労をしてきたことで人間の器が一回り大きくなった」と息子の成長に目を細める。


■  ■  ■


 源大夫は先月、急遽(きゅうきょ)、心臓病の手術を受け、残念ながら襲名披露公演は「口上」のみの出演となったが、藤蔵は披露狂言「実盛物語」を一段丸ごと、約1時間、渾身(こんしん)の音色を聞かせている。


 源大夫は「祖父は55歳、父も62歳という若さで亡くなりました。私がいま生きているのも意味があってのこと。早世した二人の思いを受け継いで、命あるかぎり舞台を勤めていきたい」と力を込める。

 新しい名跡での二人の舞台は、これから。(文・亀岡典子 写真・頼光和弘)

■たけもと・げんだゆう 昭和7年生まれ。祖父は七代竹本源大夫、父は初代鶴澤藤蔵。21年、八代竹本綱大夫に入門。竹本織の大夫、五代竹本織大夫、九代竹本綱大夫を経て、平成23年4月、九代目竹本源大夫を襲名。平成6年、物語のクライマックスを語る“切場語り”となる。人間国宝。紫綬褒章、芸術選奨文部大臣賞など受賞多数。

■つるざわ・とうぞう 昭和40年生まれ。父は九代目竹本源大夫。51年、十代竹澤弥七に入門。祖父・藤蔵の前名、鶴澤清二郎を名乗る。53年、鶴澤清治門下となり、58年朝日座で初舞台。平成23年4月、二代目鶴澤藤蔵を襲名。咲くやこの花賞など受賞多数。

 親子同時襲名の4月文楽公演は、大阪・日本橋の国立文楽劇場で24日まで。



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