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【東京新聞】<邦楽>涙あり笑いあり 上方風「勧進帳」 三味線の鶴沢清治が近松作品を復曲

【東京新聞】より。

<邦楽>涙あり笑いあり 上方風「勧進帳」 三味線の鶴沢清治が近松作品を復曲(2011年6月26日)

 義太夫三味線の鶴沢清治(人間国宝)が近松門左衛門の埋もれていた作品を復曲した。近松版「勧進帳」とも言える「ふたり静胎内さぐり(ふたりしずかたいないさぐり)」。お笑い文化の上方らしい涙と笑いにあふれた「勧進帳」が七月一日午後六時半から、東京・紀尾井小ホールで上演される。 (小林泰介)

 「ふたり静~」復曲の基となった譜面は、共演する太夫の豊竹呂勢大夫が国立文楽劇場(大阪)の図書室で発見した。「ほぼ近松の原本に近いものだと思っています」と鶴沢。

 「ただ、義太夫節としてはまだ未完成な部分があります。聴かせどころのサビがなくストレート。その部分をあえて残し、装飾のない当時の音を意識して演奏したい」

 作品のクライマックスとなるのは、鶴沢が「実に凄惨(せいさん)極まりない場面」と口ごもる三段目「大津二郎宿の場」。

 鎌倉方に捕らえられた義経の愛妾(あいしょう)・静御前が大津二郎の宿で産気づき、生まれた赤子が女なら見過ごすが、男なら打ち首と言われる。それを聞いた二郎の妻も臨月で、腹の子を身代わりに差し出すと言う。二郎の父は、義経の母・常盤御前を惨殺した盗賊・熊坂長範の一味で、その贖罪(しょくざい)のつもりだった。身代わりに差し出された男の子はその場で打ち首に…。

 「この場面は(東日本大震災という)時節を考慮して上演はやめました。続く四段目が近松版『勧進帳』とも言える『安宅の関の場』です。三段目に勝るとも劣らない人間味あふれる魅力がある」と鶴沢。

 だが、近松版には本家のような能の延年の舞もなければ、弁慶が勧進帳を読み上げる場面もない。富樫が心打たれる義経打擲(ちょうちゃく)もない。弁慶はすでに安宅の関で富樫に捕らえられ、勧進帳と思しき白紙の巻物も富樫の手に。そこへ義経が弁慶を救いに現れるが、弁慶は山伏姿でいる義経の鈴掛を踏み潰(つぶ)しながら、伏して涙ながらに訴える。

 <お前は兄弟子(頼朝)にも見捨てられた哀れな男だから、おれが目を掛けてやった。鈴掛は山伏にとっては主君のようなもの。それを踏み潰したおれは地獄へ行ってもおかしくはない。お前はおれのことは気にせずに行け>

 「弁慶が切々と訴える姿に、富樫が心打たれるという場面が見せ場になります」

 この後で近松は、富樫に漫才のようなユーモアたっぷりの台詞(せりふ)を用意した。

 <なるほど、そこまで芝居をしてお前たちはおれを騙(だま)そうとするか。鎌倉に連れて行ったあかつきにはおれに恥をかかせ切腹させる気だったに違いない。そんなことには騙されないぞ>

 「富樫はこう言うと、二人を解放するのです。この後、手下が義経の隠し持っていた鎧(よろい)を見つけると、そこまで手の込んだことをするかと怒ったふりまでして二度と関所で悪さをしないようにと通行手形まで渡す。変な理屈ですが、とても人間味を感じます。弁慶と義経の関係も主従関係というよりは友人関係のようにも見えますね」

 上演は「清治近松復曲三夜」と銘打った最終回。これまでに「用明天王職人鑑」「津国女夫池(つのくにめおといけ)」の二作品も復曲上演した。

 チケットはすでに完売。

 <近松門左衛門> 1653~1724年。江戸元禄期の人形浄瑠璃・歌舞伎の代表的作者。実際の事件を基に書いた「曽根崎心中」が大坂道頓堀で浄瑠璃として初演され大評判に。歌舞伎では初代坂田藤十郎の座付き作者として「傾城仏の原」などを書いた。ほかに「心中天網島」「女殺油地獄」など。生涯に書いた作品は120~150編といわれ、埋もれている作品も多い。


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