八十八&一二三の文楽れんらくちょう

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文化庁月報 平成23年8月号 文雀さん紹介記事「日本の伝統美と技を守る人々 重要無形文化財保持者編」

文化庁月報 平成23年8月号(No.515)より。

連載 「日本の伝統美と技を守る人々 重要無形文化財保持者編」


重要無形文化財「人形浄瑠璃文楽
人形」 保持者:吉田 文雀

大阪樟蔭女子大学教授 森西真弓

重要無形文化財「人形浄瑠璃文楽人形」
指定年月日:昭和52年4月25日

保持者:塚本 和男
 芸名:吉田 文雀
認定年月日:平成6年6月27日
(生年月日)昭和3年生 (在住)兵庫県西宮市

【重要無形文化財および保持者のプロフィール】
 人形浄瑠璃文楽の人形は,一つの人形を主遣い,左遣い,足遣いの三人で遣うという世界の人形芝居にその比を見ない繊細巧緻なもので,高度の芸術的価値をもつとともに,その演技・演出の様式等,日本の演劇史上に遺した足跡は大きく,芸能史的にも重要な位置を占める。
 塚本和男(吉田文雀)氏は,二代目吉田玉市,三代目吉田文五郎
に師事し,昭和から平成を代表する人形遣いの一人となった。博識であり,特に女方遣いとして常に充実した舞台を見せている。

 「文楽博士」と呼びたくなるほど博識で,文楽のことなら何でも知っているのが吉田文雀さんです。それは文楽の人形遣いさんとしての内容に止まらず,文楽全般におよび,さらには伝統芸能のことなら能も歌舞伎も含めて幅広い知識を持っておられます。
 文雀さんは昭和3年東京生まれ。幼いころから芝居が好きで,大阪へ転居後は文楽にも親しむようになりました。その後,旧制中学へ進学したものの,戦時下で学問もままならず,人手不足の文楽の仕事を手伝ううち,卒業後に正式な入門となりました。
 終戦後間もなくの昭和20年8月に吉田玉市の預かりとして文楽座に入座,吉田和夫と名乗って翌9月に南座で初舞台。同25年,吉田文五郎の弟子となって現在の芸名である「文雀」に改名しています。ちなみに,「文」は文五郎師匠から,「雀」は親交のあった中村扇雀(現坂田藤十郎)さんからもらわれたとのことです。
 文五郎師匠の許で女方遣いとして修業を重ね,その名人芸をよく踏襲しています。理論家の資質は元々からお持ちだったのでしょうが,人形遣いとしての研究熱心さは,玉市,文五郎の影響が大きかったようです。どんな演技にもきっちりとした裏付けがあることを,文雀さんは二人の師匠から学ばれました。
 芸域は極めて広く,立役,女方,を兼ねるのはもちろん,敵役
から老役までこなします。しかし,何といっても真骨頂は女方の役々です。時代物では『義経千本桜』の典侍局,『妹背山婦女庭訓』の定高,『伽羅先代萩』の政岡,『芦屋道満大内鑑』の狐葛の葉,『一谷嫩軍記』の相模,また,老女方では気品ある『菅原伝授手習鑑』の覚寿や『近江源氏先陣館』の微妙,世話物では『心中天網島』のおさん,『艶容女舞衣
』のお園,などなど,当り役は数多くあります。
 また,長年にわたって,役に用いる首を決める「首割委員」を勤めています。一度,現場に立ち会わせていただきましたが,事前に頭の中で決まっているようで,瞬く間に終わりました。まさに人間コンピューターです。
 能楽堂で弟子の吉田和生さんと一緒に観能されているお姿をよく拝見します。師匠から弟子へ,技芸と共に勉強熱心さも受け継がれているようです。
 無類の愛猫家で,今も2匹の猫と仲良く暮らしておられます。


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