八十八&一二三の文楽れんらくちょう

人形浄瑠璃文楽に関する情報を集めております。 情報お待ちいたしております。

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【asahi.com】〈はじめての文楽〉語る憂き世 動き出す人形

【asahi.com】より。

〈はじめての文楽〉語る憂き世 動き出す人形

はじめての文楽

 叱られて泣いた幼い日、大好きな人形が動かぬはずの顔に心配げな表情を浮かべ、慰めてくれた記憶はないですか。人形は、人の心を映して変化する。究極の表現が文楽だ。

■吹き込まれる魂

 上手(かみて)に張り出す床の上、くるり切られた丸い盆。ぶん、と回れば忍者屋敷さながらに、座布団に座った大夫(たゆう)と三味線奏者が現れる。舞台には人形たち。1体3人の人形遣いが、黒い衣に身を包み、ひっそり支えて立っている。やがてべべんと響く太棹(ふとざお)。大夫が大きく息を吸い、江戸の昔と同じ詞章(ししょう)で憂(う)き世の情を語り出せば、人形の顔に生気みなぎり、動き出す。

 文楽は、大夫と三味線が紡ぐ浄瑠璃で人形を遣う演劇だ。人形は自ら演じない。人形遣いの魂が吹き込まれ、冷たい木偶(でく)が生命を得る。観客はそこに心を映し、見たい顔を重ねられるから、私が主役、の自己投影だって容易にできる。

 筆者が9年前にメキシコ公演を見た時、字幕が不調でも観客は筋をほぼ正確に把握していた。「語る声の抑揚、弦が奏でる哀(かな)しみ喜び。わかりやすいよ」と。文楽は一見、敷居が高いかもしれない。でも幼子のように無邪気に心を委ねれば、大人になった私たちにも人形は語りかけてくれるのだ。

■不倫、心中… 大人の物語

 人形劇は世界中にあり、多くはファンタジックな子ども向けだ。だが文楽はえぐい。不倫に盗み、親殺し子殺しなどのインモラルも、人形の顔でしれっと演じる。大人による大人のための物語を、芸術の域に磨き上げられたのも、大衆の支持あってこそ。なぜ人々は熱狂したのか。

 飛躍の舞台は、竹本義太夫が近松門左衛門を作家に迎えた「竹本座」。英雄譚(たん)や伝説が下敷きの古色漂うイメージを、現実の事件発生から1カ月で舞台化した「曽根崎心中」で一新してのけた。

 手代と遊女の情死。人々は、美男美女の人形に己や恋人を重ね、酔いしれた。心中物が流行、まねるカップルが激増し、幕府から禁止令が敷かれるほどに。スキャンダラスな題材に、言葉遊びに富む浄瑠璃詞章の洗練、雄弁な三味線のずしんと響く重厚さ。それらが一体となった“粋”が大人の心の琴線に触れ、花開いたのだった。

■生涯捧げた名人の技

 今春、竹本綱大夫が源大夫、鶴沢清二郎が藤蔵と、共に祖父の名を継いだ。最高峰の竹本住大夫(すみたゆう)も先代を父に持つ。当然? いや、実は彼らは例外。伝統芸能では珍しく文楽には世襲制がない。

 「住大夫の子やから文楽に入ったわけやない。好きやからや。おやじは、むしろ反対しよったで」と住大夫。それは老境でようやく咲き匂う、長く険しい芸道を案じる親心。極めつきは人形遣いだ。入門すれば足10年、左10年。鍛え抜かれ、ようやく首を任される。

 人形遣いは、伸ばした右手で人形の右手を動かす。70余年遣い続けた名人・吉田玉男の腕は、右が左より長かった。舞台で倒れても、遠のく意識の中で語り続けた大夫、空を弾き続けた三味線奏者もいる。好きで歩んだ道だから、生涯を捧げる者たちで、文楽の舞台はできている。(西本ゆか)


◆読む

 「熱烈文楽」(三一書房)は基礎知識から裏話までイラスト満載、読み物としても楽しい。「文楽 住大夫語り」(アートダイジェスト)は珍しい大夫の写真集。若き日の水着ショットも巻末に。

◆見る

 DVD「人形浄瑠璃文楽名演集」(NHKエンタープライズ)は、時代物の名作「義経千本桜」などを収録。北野武監督「Dolls」(バンダイビジュアル)は、菅野美穂らが演じる物語を人形が導く異色作。

◆楽しむ

 東京の国立劇場小劇場では9月3~19日に文楽9月公演。共に人間国宝の竹本住大夫が翁を語り、吉田簑助が遣う「寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)」は、劇場開場45周年記念と東日本大震災の復興祈念を重ねて演じるスペシャル版。

■ロックと共振、泣いた ミュージシャン・宇崎竜童さん

 30余年前、僕らの音楽と文楽が融合する「ロック曽根崎心中」を作った。勉強のため文楽を見たが、ギラギラしてた当時の僕には退屈でね。ロックのビートやスピード感とは対極で、客席も高齢者が目立った。伝統?かったるいなと思う僕の感性、間違ってないなあ、と安心したりした。

 実は、その前に映画で徳兵衛を演じていた。近松に魅了されながら表現しきれず、悔しくてね。不良がやるロックに最も遠く思えた文楽とのコラボはリベンジでもあった。ロックに引きつければ僕は近松だって表現できる、と。

 文楽の床本をベースに書き上げたロックで、吉田文吾さんらが人形を遣った。渋谷のライブハウスでの初日、演奏しつつ見た人形の横顔には確かに、魂があった。人形を通じて地獄の釜の蓋(ふた)を開け、異世界をのぞき込む感覚。近松が言いたかったのは、これなのか。僕は泣いていた。見れば、客席を埋めたジーンズ姿の若者たちも泣いていた。

 今も文楽がわかるとは言わない。でもロックと響き合う文楽を凄(すご)いと認め、好きだと思う。あの時の観客から文楽ファンが出たという。それが、答えじゃないのかな。


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